2011-02 Backpacking Kyushu - 九州へのバックパッカー旅

day 82.1 長崎県池島 田舎バックパッカー、“忙しかった日々から解放された”池島を散策<写真で見る池島>

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201121日(火)池島の雰囲気というのは…言葉で表現すると…(ぼくにとっては)“(良い意味で)なにも考えなくていい島”、“これまでの忙しい生活スタイルのことを忘れる島”、“探りたくなる島”だろうか…

時間の流れ方は、ゆったりとスローで、忙しさが感じられない。頭がリラックスできて、“余計なこと”を考えなくていい島だと思う。「住んでみないと実際わからない」と思うかもしれないが、住んでみても、そんなことを感じながら過ごせる島のような気がする。

池島は49年間忙しかった…休みなしの島だった。そんな忙しい日々から解放され、今は“ゆったーり”と海に浮いている島だ。

さて、池島唯一の食堂と思われる「かあちゃんの店」で、最高に美味しいかつ丼の昼食後、ぼくらは池島内を歩き始める。池島到着初日に紹介したとおり、マンションは廃墟となり、もったいない形となっている。炭鉱の工場はぼろぼろにさびている状態。(池島に関する概要はこちら

長崎県 池島散策スタート
長崎県 池島 信号もあるが、車や人通りがほとんど“ない”ので必要性が感じられない
ぼくだったら、この信号で一時停止するのみで、ほぼ無視して通るだろう。
ここは周囲4kmの池島。最も多かった池島の人口は、1970年(昭和45年)頃で、
約8,000人だったそうだ。また、最盛期、池島炭鉱の従業員は全盛期、2,400人だった。
生徒は1,000人以上。
長崎県 池島出身の人たちがこのあたりに住んでいるそうだが、
実質住んでいるのは2軒のみ…
長崎県 池島 スナック街の通りへ行く前に、池島出身の島民の人と出会った。
このあたりにはもう2軒の家にしか人が住んでいないそうだ。
長崎県 池島 スナック街の通りを散策…人の気配が全くない…

池島出身の人たちが住んでいるエリアへと向かう。そこは空家ばかりだ…。いくつかの家の二階には、サテライトディッシュがあり、若干人が住んでいる気配がある。ここで出会った大きな買い物袋を持った人によると、ここには実質2軒しか住んでいる家がないそうだ。

その奥へと坂を上り、スナックがある建物周辺へ向かう。

長崎県 池島 スナック街の通りを散策中
スナック千代スナック道と看板が掛った店があるが、スナック街の通りもほぼ廃墟となっている。電話で予約すれば、オープンする一軒のスナックがあるそうだが、窓ガラスが割れたスナックばかりで、現在も使用されているお店がどれだかは、全くわからない。

長崎県 池島 「スナック道」 ここもやってないよね…

長崎県 池島 「スナック結花」へようこそ。
あっ…「スナック千代」か…
長崎県 池島 スナックの通りにある…スナックっぽいお店


7もスナックがあったところから、当時、島内全体が繁盛していたことが見受けられる。

長崎県 池島 スナック街にあった「旅館美松」…見たとおりもう廃業中

そして、松島炭鉱の施設の周りには、ボウボウに草が生い茂り、全て建物が廃墟となっている。中には、石炭を積んだ列車が通っていたと思われるレールが地面に。建物の鉄筋は錆びていて穴が数個空いている。

長崎県 池島 池島炭鉱の施設の周りには、
ボウボウに草が生い茂り、施設は古錆びてきている
長崎県 池島 石炭を積んだ列車が通っていたと思われるレールが地面に。
注意書きは、日本語のほか、インドネシアベトナムからの研修生向けに、
現地の言葉にも訳されていた
長崎県 池島 池島炭鉱の施設 古錆びている
周囲4kmの小さな島に、大きな工場の施設

「長崎市設池島総合食料小売センター」へと戻る途中、建物が取り壊されていたので覗いてみると…警察署が取り壊されていた。警察署も無くなってしまうようだ。

長崎県 池島 警察署が取り壊し。警察署も無くなってしまうようだ。
島はもちろん安全で、警察がいなくても問題ないかと思うが、
今まであったもの…今まで必要だったものが無くなる
というのは寂しい感じがする。
長崎県 池島 スナックの隣にある当時流行っていたボーリング場の入り口には、
酔っている方は入らないでください」の張り紙があるが…
スナックとボーリング場が隣接しているし、酔ってたら注意書き気にしなくなるだろうし…
「この注意には無理があるだろー」という感じ…
1978年(昭和53年)までで1,200戸の社宅が建設され、人口密度も日本一だった。
このボーリングが人気あったエンタテイメント施設だった

そして、公民館へ。中の大会議場には、炭鉱の写真など島の歴史の説明と写真が掛っていた。(詳細はこちらから)奥の机の上には、ヘルメットが並べてあり、何らかの会議の準備がされているようだった。

ここには懐かしポスターも!

長崎 池島 加山雄三さんや田中邦衛さんが出演していた
映画「フレッシュマン若大将」、「怪獣島の決戦 ゴジラの息子
世代が感じられる昔の映画ポスターが…
長崎 池島 懐かしい映画「ミヨちゃんのためなら全員集合!!」の
ポスター(高木ブー、いかりや長介、ザ・ドリフターズも主演)
まぁ、「懐かしい」とは言っても…全く聞いたことない映画だ…

食料小売センター周辺に着くと、三井松島リソーシスに勤務する若林さんに出会った。若林さんは栃木の採石工場に工場長として約8年間 転勤していて、池島に戻って約2年が経つ。週末、都内から池島に修学旅行生が来るとのことで、公民館にヘルメットを並べて、ツアーの準備をしていたそうだ。若林さんは、池島炭鉱の観光・見学や島内のアパートなどの施設・管理の担当をしている。

長崎県 池島 池島炭鉱 施設
この池島で採掘された石炭が、全国の火力発電所製鉄所
セメント工場などのエネルギー源となっていた


池島では最近、旧・炭鉱の地域資源を活用した観光が盛んで、修学旅行生の訪問が多い。去年6月から池島炭鉱の観光ツアーを開始して、約300人がツアーに参加しているそうだ。

多いときで一日80名の修学旅行生が池島に来るそうだ。池島炭鉱の観光ツアーの所要時間は、約2時間30分。ヘッドライトをつけて、炭鉱見学をする。生徒たちは池島に1100ごろ到着し、1417の船で帰るそうだ。翌日は神奈川県から学生が池島にくるそうだ。

長崎県 池島 池島炭鉱 施設と港
当時、港には数多くの釣り船が並んでいた…
当時、採炭掘進担当が手取り60~70万円の給料…
多くのプライベートボートが豊かさの象徴だった


ちなみに池島では、1430ごろになると空襲警報のようなサイレンがなる。炭鉱が栄えていたころから、鳴り響いていたサイレンだそうだ。

ぼくらは食料小売センターに入り、雄二くんとこうじくんと、小学校周辺を散策した。雄二くん、こうじくんは、寒いのに、常に靴下を履き、サンダルを履いている。どうやら、お風呂のときに、靴を脱ぐことが面倒らしい。

雄二くん(13歳)によると学校の水は、神浦から引いているという。水はてっきり淡水化装置を使っているのかと思っていたが…
(雄二くんとこうじくんとの出会いはこちら

一度、家に戻った雄二くんとこうじくんがまたやってきた。ぼくらに“お願い事”があるようだ。
この晩、彼らから、の松本潤とAKB48のグッズをお願いされてしまった。まさか長崎の離島・田舎まできてAKB48や嵐を耳にするとは…テレビや新聞などのメディアの力だろうか。雄二くんのお母さんは、嵐の松本潤のファンで、雄二くんはAKB48のファン。島では買えないので、ぼくらに送ってほしいそうだ。

長崎県 池島 かあちゃんの店の
脇山鈴子さんを迎えに来た“やんちゃな”犬2匹

外も暗くなってきたので、食料小売センターでIさんの帰りを待つぼくら。
夕方、「かあちゃんの店」の脇山鈴子さんの娘さんが、鈴子さんを犬と一緒にお店まで迎えに来た。ぼくらもそろそろ、お店を出なければ…

今晩もIさん宅で一泊させてもらい、お世話になるぼくら。
Iさんは、朝、会社に行ったら、「Iくん、君のところに今日、誰か泊りにいかなかった?」と聞かれたそうだ。2日ほど島にいると、小さな田舎や島の情報網はみんなにすぐに届くようだ。

この夜、Iさんは、自慢のIさんの娘さんに電話をし、ぼくらも娘さんと電話で話した。この日も、熱いトークが続いた。

さて、明日、ぼくらは池島を旅立つ。次はどこへ行くか…(続く


長崎県 池島 池島炭鉱 施設
1日最大4,000~8,000トンの原炭を生産した。
運搬用列車の石炭運搬量は約130トン、3列車が稼働していた
長崎県 池島 池島炭鉱 施設内にあった車と草の絡み合い…
車を鉢として活用してはどうだろうか…”という発想
大きな鉢ですなぁ~
長崎県 池島 これは…雀(スズメ)?頭の毛がずいぶん多いと思うけど…
スポーツ刈りにでもした?
長崎県 池島 池島炭鉱 施設
池島炭鉱は、九州最後の炭鉱。炭鉱の景気が最高だった時期、
池島の人口密度は日本一だったそうだ。
(※ちなみに国内最後の炭鉱は、2002年1月末に閉山した北海道釧路市の太平洋炭鉱)
最盛期の1985年(昭和60年)には、出炭量が過去最高の153万トンを記録。
閉山までの49年間の出炭量は約4453.7万トン、坑道延長は96kmだった。
長崎県 池島には「港ショッピングセンター」がある…マジックで書かれた看板
長崎県 池島「港ショッピングセンター」内…懐かしい感じのポスターが壁にずらり


<次回のエピソード 『池島を出発 次はどこへ…』>

IKU - INAKA Backpacker

投稿者の記事一覧

1979年1月生まれ、東京生まれ鎌倉と米オレゴン育ち。鎌倉の中学校卒業後、オレゴン州の高校と大学を卒業。現在、石川県鳳珠郡穴水町岩車在住。ソニーやPR会社で広報業務に約10年間携わり、2010年10月、ライフスタイルの選択肢を増やすべく、日本の田舎/地方を中心に、テント・寝袋・自炊道具などを担いだバックパッカー旅を開始。以後2年半にわたり旅を続ける。「テント」ベースから、2012年5月以降は「バン」ベースのバックパッカーになりバンライフ開始。2013年5月、人口約100人の限界集落 能登半島・石川県穴水町岩車に移住。現在は、「田舎への旅」と「田舎でのライフスタイル」の二つを軸に、田舎旅やライフスタイルの情報発信、都市部の人たちが能登の暮らしを体感できる「“ざっくばらん”な田舎ライフスタイル体験」の提供を行なうほか、東京のスタートアップ/ベンチャー企業、移住先・能登や静岡県の中小企業の広報サポート、地域活性プロジェクトサポートにもリモートワークで従事。また、ブログやウェブ制作、写真、執筆活動なども行なっている。移住先で自宅がある岩車の隣の地区 穴水町川尻では、シェアハウス・サテライトオフィスなど多目的・多機能の「田舎バックパッカーハウス」、そこに併設する“住める駐車場”であり長期滞在可能な車中泊スポット「バンライフ・ステーション」も運営。現在、東京の“バンライフ”のCarstay(カーステイ)にフルタイム広報として関わりつつも、モノのレンタルや借り放題事業を行う「flarii(フラリー)」、“遊び”を取り入れ人間関係“つながり”をリモートで構築する「バヅクリ」、静岡県島田市で幻のきのこ“はなびらたけ”「ホホホタケ」を生産する大井川電機製作所、石川県輪島市では国産漆だけでアート作品をつくる“芯漆(しんしつ)”の山崖松花堂などの広報を担当する。移住先・岩車で育てらた牡蠣の販売サポートも思っている。

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