day 45.2 徳島県 四国本土最東端の『伊島(いしま)』へ

2010129日(木) – ぼくらは、小松島ステーションパークで出会った阿波踊りの画家 銭谷誠(ぜにや/せにたに まこと)さんにクルマで、伊島(いしま)への定期船の発着港の答島(こたじま)まで送ってもらった。これから船で、伊島へと向かう。(銭谷さんとの25分の会話「画家として売れるまで」はこちら

ぼくらは、徳島の格安スーパー「セブン」で買いだしをして、答島(こたじま)12:15発の定期船で、伊島へと向かった。伊島は、徳島県阿南(あなん)市の一部(伊島町)で、四国本土最東端、答島/蒲生田岬から約6キロ先に浮かぶ島だ。


伊島の周囲は9.5キロで、標高は約124メートル。伊島、前島(まえじま)、棚子島(たなごじま)の3島と無数の小島からなっている徳島県で唯一人が住んでいる離島だそうだ。


世帯数は100軒で、島民は183人。だが、そんなにいるような感じではない。伊島にはガソリンスタンドはなく、自動車も走っていない。

徳島県 伊島 定期船の「みしま」、背景にあるのが「可動式防波水門」

また伊島の港には、暴風雨から漁船と島民を守るための防波堤として「可動式防波水門」が設置されている。伊島に全国で初めて「可動式防波水門」が設置されたそうだ。伊島は、磯釣りでも賑わう島で、ここに磯釣りをしにくる釣人が多い。グレ(メジナの別名)や茅渟/海鯽(チヌ)(クロダイの別名)などが釣れるそうだ。


島の名前「伊島(いしま)」は、空から見ると、ひらがなの「い」に似ていたことから、「伊島」と名付けられたと伝えられている。
ぼくらは、就航船みしま(0884-33-1271)で13:00ごろ、伊島に到着した。料金は大人1,000円(子ども500円)。結花は船で酔ってしまい、伊島の定期船待合室で休憩することに。


ぼくは、とりあえず、伊島を散策しようかな…(続きはこちら

【伊島への連絡船/定期船の時刻表】

◇伊島→答島
1月~12月: 1便 7007302便10001030
1月、11月~12月: 3便 14451515
2月、10月: 3便 15151545
3月~9月: 3便 16001630

◇答島→伊島
1月~12月: 1便 8309002便12301300
1月、11月~12月: 3便 16151645
2月、10月: 3便 16451715

3月~9月: 3便 17151745

徳島県 四国本土最東端の伊島へ向かう定期船からの眺め
徳島県 伊島へ向かう定期船からの眺め
途中の海の上には多くの無人島が並んでいる
徳島県 伊島の港にある待合所
徳島県 伊島 港周辺の雰囲気 のんびりした雰囲気が良い
徳島県 伊島 港周辺にある案内地図「伊島の史跡・自然・名所案内版」
結構大きそうな湿原地帯もあるようだ
徳島県 伊島 港周辺の雰囲気 車がない島


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inaka-backpacker

日本の田舎/地方をバックパッカー旅する中川 生馬(なかがわ いくま)。バックパッカー✖ハイエースがベースの“動く拠点”(ファミリーワゴンC)で、聞いたことがない田舎を旅して、そこでのライフスタイルを探求する。ときには、飛行機、電車、夜行バス、スクーターなどの乗り物のテクノジーも活用。   旅先は基本、これまで聞いたことがない田舎/地方のマイナースポット。 小学校・中学校のころ、社会科で使用していた帝国書院の地図をパッと開き、「ここは聞いたことがない!」と思た場所。途中、『ここもいいねぇ~』と“気になるスポット”を見つけたら、寄り道して、“気になるスポット”も探求する。トラベルスタイルは自由奔放。   基本、旅先の事前調査などはせず...現地の人に話しかけながら、一歩づつ進む。   約10年間の東京や鎌倉での会社中心の生活を経て、2010年10月から、会社中心以外の新たなライフスタイルを探求したく、都会での生活を離れ、“聞いたことがない”日本の田舎/地方を中心に、テント・寝袋・自炊道具などを担いだバックパッカー旅へ。   「自分が過ごしたいライフスタイルは、これまで過ごしてきた場所以外にあるかもしれない、自身で体感したい」「ライフスタイルやワークスタイルにもっと選択肢はないのか?」という疑問を抱き始め、旅歩くことを始めた。旅先の田舎で出会う人々とコミュニケーションをとり、より自身に合いそうな田舎でのライフスタイル(暮らし方)を探す...   仕事面に対しては『約10年、企業で培ったスキルをフル活用、今後も仕事して学んでいくから、仕事はなんとかなるだろう!』という楽観的な考え方。バックパッカー旅への初めの一歩を踏み出す。   気になる...知らない...スポット...日本の“マイナー”スポットだからこそ発掘しがいがあるのだ。「日本のマイナーな田舎/地方を発掘、そこでのライフスタイルも実感する、そして人生/ライフスタイルの選択肢は幅広いことを多くの人に届ける」ことを、ぼく自身を軸に発信する。   ITベンチャー、国内独立系最大手の広報代理店 共同ピーアール株式会社や、電機とエンタテインメント世界大手企業 ソニー株式会社などで広報職を経て、フリーランスで独立。   2013年5月、能登の岩車(石川県鳳珠郡穴水町)に移住。大抵、ぼくと同年代であれば、“仕事ありき”で移住することが多いが、『自身のスキルと現在のテクノロジーをフル活用すればなんとかなる!』という、漠然とした根拠と楽観的な考え方から二歩目を踏み出す。   移住後、自身のスキルをフル活用し、東京のベンチャー起業・地方/田舎の小規模企業などの広報、ライター、執筆・撮影・基盤構築含めたウェブ制作、海外の著名人への取材依頼・現場取材・ラフ原稿執筆含めた取材コーディネート、ブロガーとして活動を開始。 能登では、地元の人たちと連携して「“ざっくばらん”な田舎ライフスタイル体験」、「田舎旅するショッピング」として地元の海産物の販売サポートなども行っている。   フリーランスや田舎バックパッカーとしての主な持ち物は...テント、寝袋、自炊道具、衣類など生きるために必要な道具。そして、メモ帳、スマートフォン『Huawei Mate9』、タブレット『Surface Pro 3』、ミラーレス一眼レフカメラ『ソニーα6000』、一眼レフカメラ『キャノン7D』、ICレコーダーなどのIT/ガジェットグッズ。   鎌倉の深沢中学校卒業後、1994年、15歳のときに1人、アメリカ・オレゴン州のValley Catholic High School(バレー・カトリック高校)へ。半自給自足生活をする家族と3年間暮らす。2001年に同州・オレゴン大学を卒業。約8年弱のアメリカでの田舎暮らしを経て、帰国。   現在の拠点は能登の岩車(石川県鳳珠郡穴水町)の古民家(家賃1万円)と、ハイエースがベースの“動く拠点”『ファミリーワゴンC』。家族3人で暮らしている。1979年生まれ。   働き方/ワークスタイルは基本『とにかく自由奔放』で、いずれ、常に移動して暮らすことが定住のような『遊動民』的なライフスタイル『移動型定住』を目指している。  

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