2011.02: <九州>福岡県(小呂島)・長崎県(池島・五島列島)

day 90.3 五島列島 世界遺産 暫定リストに登録されている無人・野崎島の“ちょっとした”歴史について

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2011年2月9日(水) – ぼくらバックパッカー夫婦は現在、五島列島の無人の島「野崎島(のざきじま)」にいる。

「なぜそんなとこにいるか」って?それは「おもしろそうだから、行ってみた」理由はただそれだけ。

小値賀島(おぢかじま)の東に位置する野崎島は現在、人口0人、周囲約20キロの島だ。

野崎島には、アウトドア体験・宿泊施設「野崎島ワイルドパーク自然学塾村(しぜんがくじゅくそん)」(旧・小学校)、野首天主堂(のくびてんしゅどう)、廃屋化した集落の家々、棚田の畑跡、沖の神島(こうじま)神社、旧・鹿牧場のフェンスが島にあるだけ。

五島列島 野崎島にある歴史ある野崎天主堂 UNESCO(ユネスコ)世界文化遺産の暫定リストに登録されている「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を構成する教会群の一建物

そして野生の鹿400頭…

野崎島には、野崎、野首、舟森の三つの集落があった。

江戸時代後期、野崎島に、“隠れキリシタン”が住み始めた。当時、生きるための“食”を作るために畑を始めたことから、学塾村の前には、棚田跡も残っている。1800年代には、650人以上の住民がこの島で生活していたそうだ。

五島列島 野崎島で野崎集落の廃屋化した家

しかし、キリスト教は当時、禁じられていたため、1869年(明治2年)、“隠れキリシタン”の住民は、捕まってしまった。弾圧を受けていたが、翌年に保釈され、住民は野崎島へ戻った。家にあったものなどは盗まれていた。一から出直しだ。

五島列島 野崎島 野首天主堂の中

キリスト教徒として、教会への想いは強く、1908年(明治41年)、「日本で初めて」と言われている赤レンガの野首天主堂を造った。

その後、1972年(昭和47年)前後、野崎島で集団離村が始まったそうだ。貧しさから都会に仕事を求め、島の過疎化や高齢化が進んだことが主な要因で、住民が減少。

五島列島 野崎島にいる野生の鹿。今では400頭の鹿が野崎島に住んでいる

2001年(平成13年)、港そばの野崎 集落を最後に、事実上、住民がゼロに…人がいなくなってしまった。

現在、“住民登録”しているのは、「自然学塾村」館長 前田博嗣(まえだ ひろつぐ)さん“人間”一人と、島全体を家とする“野生の鹿400頭“のみ。

ちなみに、野崎島は1982年(昭和57年)に、西海国立公園として指定されている。

また、野崎島では、石器なども発見されていて、縄文時代から人が住んでいたことがわかっている。

五島列島 野崎島にある「野首天主堂/野首教会」の“背中”からの風景

野崎島の「野首天主堂/野首教会」は現在、UNESCO(ユネスコ)世界文化遺産の暫定リストに登録されている「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を構成する教会群の一建物。

五島列島 野崎島 「日本で初めて」と言われている赤レンガづくりの野首天主堂/野首教会

野崎島は世界遺産の登録を目指して整備を進めている。世界遺産に登録されると、観光客も増えるなど、ポジティブな面もある。しかし、一部の意見では、新たな観光客のための整備が進み、野崎島の“そのまんま” の良さが廃れるとの意見もあるようだ。

世界遺産登録に向けて五島列島 野崎島の整備が進む

観光向けの島になると、「必要?」と思ってしまう島内の整備が発生し、自然が壊される面もある。既に道がコンクリートで埋まり始めている。今の野崎島の“そのまんま”が良いところだが、世界遺産として登録されることによって、野崎島がどう変わってしまうのか…不明な点も多々あるようだ。

野崎島…学塾村の出入り口の階段に、ただじっと座っていても飽きない。自然だけを楽しめればいい環境の島。世界遺産に登録されるのは野首教会だが、あらゆる面で注目されそうな島だ。

■自然トークやライフスタイルの選択肢…

学塾村では“自然体験”ができる場との説明を受け…「今の社会は、豊かすぎる」の一言から、前田さんとちょっとした“自然トーク” になった。

五島列島 野崎島 自然学塾村で“自然トーク”に…目の前にひろがる棚田跡と“そのまんま”の自然

最近の子どもたちの世代は、日常の生活で、自然と生きる術(すべ)を学ぶことや…自然と触れ合う機会と遭遇することが、少なくなってきていないだろうか…

ぼくらの世代前後はギリギリ、自然と触れ合う遊び方を普段の生活でしていたのかもしれないと振り返り始める。ぼく自身、裏山を散策、鬼ごっこ、ウルトラマンごっこ、カブトムシなどの昆虫採取、外でミニ四駆で遊ぶなどなど…外での触れ合いが沢山あったかと思う。

五島列島 野崎島を撮影中

1990年前後、パソコンは一般家庭に出回っていない。ダイヤル式チャンネルのテレビ、ダイヤル式白黒電話テレフォンカード式の公衆電話、初代ファミコン、ゲームボーイを持っている子どもたちも少なかった。

わざわざ友人宅で、スーパーマリオやクリアするのに時間がかかるロール・プレイング・ゲームのドラゴンクエストをしに行ったぐらいだった。ダビングができるラジカセを購入したときは大喜びだった。

家の中での遊びは基本少なく、外で遊んだほうが、楽しかった時代だったかと思う。

田舎での過疎化が進み、都会への人口一極集中も進んでいる。都会で産まれてくる子どもたちがより多くなっている時代。テレビ、ゲーム、パソコン、コンクリート道路など現代のテクノロジーに囲まれて産まれてくる次の世代の子どもたちは、自然と触れ合う環境の選択肢がないまま、近代化された場に産まれてくる。

五島列島 野崎島の港周辺

他にも、生き方が沢山あるのに…「近代化された場でのライフスタイル」の一つの選択肢だけを知って生きる。生き方の選択肢が少ない…それでいいのだろうか…「ないよりあったほうがいい」と最近疑問に感じてしまう。

そして、昔ならではの生活や、自然との触れ合いの場は、普段の生活に溶け込むどころか…「体験」として、子どもたちに提供される。 “今の時代”、「体験の場」は必要だけど…「体験」としてだけで、「普段の実生活」に取り込まれていない。「自然との触れ合い」は、「普段の実生活」の外での出来事。それでいいのだろうか。

一世代前のおじいちゃん・おばあちゃんの自然を活用した昔の知恵や、昔ならではのライフスタイルを体感していない。人工的なモノと過ごすライフスタイルしか見る機会がない。それら“人工物”が全て機能しなくなり、自然の中へ自身が投げ出されたとき、ぼくらは、その中で生きていけるのだろか。

自然と調和したライフスタイルを知らない…都会化が当たり前の生活…普段の実生活において自然と触れ合う機会が少ない…自然の良さがわからい…農村・漁村の後継者不足など…仕舞には、なにかあったときに、手元に”食”がない…しかし、気づいたときには農村・漁村はない…自然からの“食”の作り方を知らないということになる可能性は高い。

自然食も少なくなる可能性が高い。最近では、コストが安く大量生産できる“遺伝子組み換え”の農作物なども流通している…遺伝子組み換えされた農作物を食べるとそれを食べた“虫”は死んでしまう。農作物の種の“虫に弱い”遺伝子を、「サソリが持っている毒=虫に強い毒」の遺伝子などと入れ替えている。

自然の種を持つ農作物と違い、遺伝子組み換えされた農作物は、“虫を殺す”遺伝子を持って育つので、虫に食べられず沢山育つわけだ。“どのような遺伝子と組みかえられているかわからないもの…”をぼくらは口にしている時代。

人への害は科学的に証明されていないようだが、他の生き物“虫”が食べて死んでしまう農作物を、ぼくらは食べて平気なのだろうか…
そのうち、完全な自然食はなくなってしまうかもしれない。

都会化が良い・悪いではない…ただ現時点では「ライフスタイルの選択肢が少ない」方向へ向かっている気がする。

そんなトークをしていると、「今ある環境を次世代に残す」の本当の意味がわかってくる。あらゆる人が、あらゆる“生きる”を体感できる「人生体験」の選択肢を子どもたちにも残す。そんな選択肢がある世の中だ。

そんな自然との触れ合いを知ることができるのが学塾村。自然と生きる術や、自然との楽しみ方を知れる場が沢山あればもう少しバランスとれた社会になるのかもしれない。

■野生の鹿400頭 in 野崎島

15~20年前のピーク時(野崎ダムの工事前)、野崎島には、700頭の鹿(キュウシュウジカ(ニホンジカの一種))がいたそうだ。島の食料が減ったため、鹿が餓死して、400頭まで減ったとみられている。

日本には、野崎島のように、野生の鹿を観察できる場所は多くない。北海道知床にも多くの鹿がいるようだが、羆(ヒグマ)も多いので、そう簡単に野生の鹿の生態を観察することができない。

五島列島 野崎島 キョロキョロとぼくらバックパッカーを観察する野生の鹿たち。合計400頭いると言われている

ところで「なぜ島の至る場所にフェンスがあるのだろうか…?」野崎島のあらゆるところに、沢山のフェンスが張られている。学塾村がフェンスで囲まれているだけでなく、その他のエリアにもフェンスが立っている。

五島列島 野崎島 「あのフェンスは一体…」と思ってしまうほど多くのフェンスがある。その昔、シカ肉で事業を立ち上げようと“鹿の牧場”をつくり、フェンスを設置したんだとか

しかし、学塾村以外のフェンスは開いていて放置状態なので、無駄なフェンスとなっている。

聞いてみたところ、昔、ある人が、鹿肉で、事業を立ち上げようと、“鹿の牧場”をつくり、フェンスを設置した。しかし、この“鹿”事業は失敗に終わり、フェンスは放置状態に…なったんだとか。

■ダムを通り過ぎ…そして墓地のほうへ…

自然学村塾の裏に行くと、最近建設されたとみられる港やトイレ施設があった。コンクリートの白さから、まだ完成したばかりのような場所にみえた。トラックもそこに置いてあった。

五島列島 野崎島にあるダムの先には現在港らしきものがつくられている。その周辺にあったトイレなどがある施設

そして、港付近にある茂みの先には、墓地が。

十字架の墓地からも、野崎島には多くのキリスト教の人々が住んでいたことが見受けられる。

五島列島 野崎島にある多くのキリスト教徒のお墓はこのような状態で破損している

多くの十字架の石碑は倒れていた。いくつかの十字架は、日本的な四角形墓地の石碑に寄りかかって倒れ掛かっていた。おそらく、野崎島の村が廃墟となり、親族が島を離れる際、ここに埋まっていた遺骨を持っていき、十字架などの石碑はそのまま残していったのだろう。

亡くなった人たちが眠る墓地の暗い雰囲気というよりも…島全体の”寂しさ”や“孤独” を感じる場所だった。

五島列島 野崎島 墓地の外には明るい世界が

墓地の外は明るい世界…白い砂浜、透明度が高い海、太陽光がミックスされたなんとも表現できない場所。純粋に「日本にこんな場所があったんだ」と思ってしまう。

野崎島の海の透明度は半端ない。「海がエメラルド色」とは、まさに野崎島から始まった表現と言ってもいいぐらい。砂浜に降りなくても、40メートルぐらい上にある島の道から、海が透き通って見えるほど澄んでいる。

五島列島 野崎島 40メートルぐらい上から見える海…エメラルドカラーを超えるほどの透明度。沖縄出身の人が以前、野崎島へ来たとき、「沖縄の海より綺麗ですね」と言ったほど。

沖縄出身の人が以前、野崎島へ来たとき、「沖縄の海より綺麗ですね」と言ったほど。

あまり多くの人たちに知られている島ではないので、砂浜に行けば、真っ裸でいられるほどの、プライベートビーチを楽しめそうな浜だった。

島の空き家/廃屋には、鹿や鳥が入りこみ、家で何かを探したかのような跡が残っている。

五島列島 野崎島 「これは何のために使われていたのだろう」と思ってしまう、赤レンガ造りの焼却炉らしきものもあった。

ちなみに、1~2月は季節風が強いそうだ。(続きはこちら

<前回のエピソード 『day 90.2 五島列島 野崎島 世界遺産暫定リスト「長崎の教会群とキリスト教関連資産」の一教会がある無人島 ~学塾村へ向かう途中の…とんだ“大きな”ハプニング~』>

<次回のエピソード 『day 90.4 世界遺産登録が近い五島列島 野崎島 出発45分前の“豚骨ラーメン”』>

五島列島 野崎島 野首天主堂/野首教会 この島には“隠れキリシタン”の深い歴史がある

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1979年1月生まれ、東京生まれ鎌倉と米オレゴン育ち。鎌倉の中学校卒業後、オレゴン州の高校と大学を卒業。現在、石川県鳳珠郡穴水町岩車在住。ソニーやPR会社で広報業務に約10年間携わり、2010年10月、ライフスタイルの選択肢を増やすべく、日本の田舎/地方を中心に、テント・寝袋・自炊道具などを担いだバックパッカー旅を開始。以後2年半にわたり旅を続ける。「テント」ベースから、2012年5月以降は「バン」ベースのバックパッカーになりバンライフ開始。2013年5月、人口約100人の限界集落 能登半島・石川県穴水町岩車に移住。現在は、「田舎への旅」と「田舎でのライフスタイル」の二つを軸に、田舎旅やライフスタイルの情報発信、都市部の人たちが能登の暮らしを体感できる「“ざっくばらん”な田舎ライフスタイル体験」の提供を行なうほか、東京のスタートアップ/ベンチャー企業、移住先・能登や静岡県の中小企業の広報サポート、地域活性プロジェクトサポートにもリモートワークで従事。また、ブログやウェブ制作、写真、執筆活動なども行なっている。移住先で自宅がある岩車の隣の地区 穴水町川尻では、シェアハウス・サテライトオフィスなど多目的・多機能の「田舎バックパッカーハウス」、そこに併設する“住める駐車場”であり長期滞在可能な車中泊スポット「バンライフ・ステーション」も運営。現在、東京の“バンライフ”のCarstay(カーステイ)にフルタイム広報として関わりつつも、モノのレンタルや借り放題事業を行う「flarii(フラリー)」、“遊び”を取り入れ人間関係“つながり”をリモートで構築する「バヅクリ」、静岡県島田市で幻のきのこ“はなびらたけ”「ホホホタケ」を生産する大井川電機製作所、石川県輪島市では国産漆だけでアート作品をつくる“芯漆(しんしつ)”の山崖松花堂などの広報を担当する。移住先・石川県穴水町岩車で育てらた牡蠣の販売もサポートする。

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