ぼくは大学時代、政治経済を勉強してきた。
高校時代には、なぜか滞在先のホストファミリーのお父さんから、何度もこう言われ続けていた。
「もし政治家になるなら、人のためになることをしなさい」
当時は、それが政治家という仕事の“基本スタンス”なんだと思っていた。
だが、どうやら違ったようだ。
今の政治家たちを見ていると、政治家の仕事とは、ぼくの目にはこう映っている。
◆ 選挙を何度も繰り返すこと
◆ 国民のお金で不正をして、「その金はどこへいってしまったのかわからない」ととぼけ通すこと
◆ そして その不正を暴くこと
◆ 街頭演説でニコニコしながら国民と握手し、当選すること自体を最大の目標にすること
正直なところ、印象としてはこれらしか残らない。
これが、本来の「政治家の仕事」なのだろうか。
人のためになること、社会を少しでも良くすることは、どこへ行ってしまったのだろう。
これまで、自分の一票が社会を変えると強く信じてきた。
だからこそ、選挙にも向き合ってきたし、政治にも関心を持ち続けてきた。
けれど、こうした活動や光景を見続けていると、
「これらのために、一票を入れてもなぁ……」「誰が当選しても大して変化はおきない」
と、正直思ってしまう自分がいる。
こうした、よくわからない出来事や不毛なやり取りのために、
自分たちは税金を払っているのかと思うと、
虚しさや怒りを通り越して、ただただ冷めてしまう。
加えれば、「政治のおかげで自分の暮らしがよくなった」という体感したことはなく、
どちらかというと「自分が動いているから」だ。
能登半島地震なども経験し、田舎の現場に身を置いていると、なおさらそう感じる。
制度や会議を待つよりも、
書類や前例に縛られるよりも、
「現場にいる自分たちで動いて、やりたいことを実現しようとしたほうが圧倒的にはやい」
「上で挙げた政治家の“活動”に付き合っている暇はない」
そう思う場面ばかりだ。
もはや、政治に期待してじっと待つよりも、
できることを、自分たちの手で、今すぐやるほうが現実的なのではないだろうか。
そう考えると、いっそ政治の一部は、
感情や利権に左右されないAIやロボットに任せてしまったほうが、
数字と事実に基づいた、よりマシな判断ができる気さえしてくる。
「よりマシ」と、どっちも微妙だけど的な言い方ではなく、
「より良い」というポジティブな言い方のほうが正しく、
AIやロボットのほうが、社会にとって健全な活動ができるのではないだろうか。
理想と現実のあいだで、
政治への期待は薄れたけれど、
現場で動く意味だけは、ますます強くなっている。







































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