8:30ごろ起きたのだが、結花は生理痛がひどいため、テントでしばらく休むことにした。ぼくは一人、伊島散策を始める。昨日に引き続き、学校を通り過ぎ、山へと進もうとすると、家庭菜園のために畑を再生しようとしている3人のおばさんに出会った。畑で、玉ねぎ、空豆、春菊、ほうれん草などの野菜を育てているそうだ。
一人のおばさんが、フレンドリーにいろいろと話してくれた。1946年12月の昭和南海地震、1961年9月の第二室戸台風の影響で、畑に潮が入ってしまい、畑ができなくなってしまった。などと…伊島での畑再生について話していると、おばさんは、「振興や活性化などについて興味あるなら、川西さんからいろいろと面白い話が聞けるわよ」と川西さん宅へぼくを連れてってくれた。「この川西さんって一体…」
川西さん宅を訪問すると、奥さんが玄関から出てきて「旦那さんは漁に出掛けていて、海で仕掛けを張っているから少し港で待っていたらいいさ」と言われ、ぼくは港へ向かっていった。
ちょうど旦那さんの川西勲(かわにし いさお)さんが漁船で港へと戻ってきた。川西勲さんは漁師であり、1967年(昭和42年)から全国離島振興協議会の役員も務める。
川西さんから島に関することについて、いろいろと聞いてみた。一時、伊島では後継者が少なくなったそうだが、都会は不況で就職難が続き、その影響で若い人が伊島に戻ってきたそうだ。
漁業の仕事では、自分の腕と技術次第。実力勝負の仕事だ。最近では外国産のウニ、アワビ、伊勢海老が日本へと輸入され、高級とされている海の幸の単価が下落しているそうだ。
川西さんは昼頃過ぎごろ、魚を捕るための仕掛けを海にセットして、早朝3:00に、やりこみ(仕掛け)にかかった魚を捕りに行く。今の時期は、カワハギ(別名:はげ)が捕れるそうだ。
5月~6月ごろ、伊島ではササユリが咲く。一つでも多く観光名所をつくり、伊島の魅力を多く発信するために、自分たちで島を整備している。ササユリのおかげで、最近では、島外から伊島を2~3時間散策して日帰りする人たちが増えたそうだ。「島」という本を出版しようと、ライターがこの島を訪れたそうだ。
この全国離島振興協議会では連絡会議があったり、6月には理事会がある。全国離島振興協議会の主な活動は、島に住む青年・若手を支援することが目的。
例えば若者の漁師が伊島に住む場合、快適な環境で漁ができるようにサポート。若者の住宅や船を補助もする。船は一台約2,500万円かかるが、漁協が船の購入で発生する利子を負担することもある。
昔と今の暮らし方を整理して、若者が住みやすいよう、時代にマッチしたサポートをするとともに、島の環境を整備する。そんな環境整備をしないと、離島が現代社会の生き方についていけなくなる。離島振興会は、「現代人/若者が暮らしやすい島づくり」を目指している。次世代を支援して、離島を活性化することがこの組織の目的だ。
他の島では、市営住宅を建てることもしている。その他、市が集団見合いを開催して、島の若者の参加も呼びかけている。伊島でも2009年に試みたようだが、伊島の多くの若者は彼女や奥さんがいるため、参加しなかったそうだ。そもそも、ぼくらの世代では、「お見合い」という言葉は流行らず、「お見合いしないと相手が見つからないの?!」的な偏見があったり、「自然な恋を実らせたい」という想いがあるのかもしれない。
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徳島県 伊島出身の漁師で
離島振興・役員でもある川西勲(かわにし いさお)さんの話を聞いた。
We met with Mr. Isao Kawanishi. He is a fisherman on Ishima island in Tokushima prefecture and one of board members of Japan’s Remote Islands Development Organization. We interviewed Mr. Kawanishi for about one hour. |
川西さんには、島に若者を増やしたいという想いがある。昔はどの島にも多くの若者がいたのに、なぜ減ってしまったのだろうか…。やはり「仕事」という問題がここにもあるのか。
また伊島では、学校とコミュニティの関係も親密。学校には机が無かったが、島民から一人600~700円のお金を集めて机を寄付するような活動もしたことがあったそうだ。
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