2010年11月17日(水)– 結花は、ぼくよりも早く自転車で先へと進んでいった。
ぼくは、カメラで怒和島を撮影しながらゆっくりと進んだ。
ようやく結花に追いつくと、先で、結花は軽トラックに乗った誰かと話している。
そして、ぼくのほうを向いて手を振る。その時、軽トラックの人物は結花に「君の旦那さんは外人か?」と訪ねていたそうだ。
サングラスをしてどでかいリュックを背負っていたせいか、外人に見えたそうだ。
【愛媛県 怒和島 島博覧会の委員長 / 松山離島振興協会会長の田中さん】
【愛媛県 怒和島 田中さんの軽トラックにぼくら田舎バックパッカーの荷物を乗せる。】
この方は、今年(2010年)開催された「まつやま島博覧会2010」(以下、島博覧会)委員長 / 松山離島振興協会 会長の田中政利さん。
「みかん畑を見せてあげよう」と、ぼくらのバックパックを軽トラックの荷台に乗せて走り出した。
まつしま島博覧会委員長 田中政利さんとの出会い
田中さんは、ぼくらが島博覧会の情報をみて、島を訪問しているのかと思って声をかけたとのことだった。
残念ながら、ぼくらは、興居島で島博覧会について初めて聞いたばかり。
島博覧会の情報を見たから、興居島や怒和島に来たわけではなかった。
ぼくらの場合、知っていたら、逆に来なかったかもしれない…。
怒和島の人口は約700人。東経132°33、北緯33°58の場所にある。
【愛媛県 怒和島からみた瀬戸内海 多くの島がみえる】
怒和小学校には、6人の生徒が在校中。
ぼくはダイビングをするので、島に行くときに気にして見るのだが、興居島や怒和島では、ダイブショップを見かけなかった。
約1万8千人以上の観光客を集めた島博覧会には、6,000~7,000万円の費用がかけられ10月末に閉幕した。
怒和島では、訪問者にありのままの怒和島を見てもらっていたそうだ。
特別なイベントは開催せず、離島の振興を目的に、ありのままの自然や生活、ミカン農園などをみてもらったそうだ。
【愛媛県 怒和島 ミカン畑を背景に】
【愛媛県 怒和島 八幡神社】
同タイミングで、「瀬戸内国際芸術祭」があったので、島博覧会開催のタイミングが良かったのかは微妙なところ。
開催のきっかけは、松山市内に住む女性。
その女性から、島博覧会に関するアイディアの話があったそうだ。
そして、島博覧会に関するプランを松山市の中村市長に提案。
開催決定後、56名の実行委員会を立ち上げて、島博覧会の実行に向けて、具体的な計画の立案を開始した。
メディアへの広告も出稿、テレビ愛媛なども協力。オープニングは南海放送が報道したそうだ。<続きはこちらから>
<前回のストーリー 『day 31.1 愛媛県 怒和島で“どでかい”バックパックを背負って自転車に乗るぼくら ~バランスは取れるのか!?~』>
<次回のストーリー 『day 31.3 愛媛県 怒和島の田中さんが語る…“怒和島”と“忽那水軍”』>
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