『神は乗り越えられる試練しか与えない』 田舎旅先で あるドラマを観て…

最近、もろもろ、これまでにない“試練”が続いている。

フリー/自営になると、依頼を受けている仕事、本格化させたい仕事のための準備(依頼を受けている仕事も含む)などでも大忙しだが、仕事の試練ではない。自分は一つのことを片づけてから、次へと進みたいタイプなので、ある意味、仕事への影響はでていて、仕事が山積み状態になりつつある。

そんな中、ちょっとした気分転換で、あるドラマを観て感じた“ちょっとした”格言が『神は乗り越えられる試練しか与えない』だった。

ここで言えることは少ないが、自分にとっては、これまでにないぐらいの“試練”なのである。

「田舎暮らしがそこまで厳しいの?!」「能登暮らしか?!」と思う人も多いかもしれないが、冒頭で伝えた「これまでにない“試練”」とは、直接的にはほぼつながらないだろう。

遅かれ早かれ、場所や内容問わず、確実に起きていた“試練”だと思っている。

観たドラマは、2009年に放映されたTBSのテレビドラマで日曜劇場の「仁(じん)」だった。旅先やテレビを持たない能登の田舎暮らしのために、これまでドラマなど興味ある番組を撮りためていたのだが、中々、観る機会がなったのだ。

主人公の南方仁(みなかた じん)が江戸時代にタイムスリップして、坂本龍馬に出会い、医療で歴史を変えるなどの内容だが、そのストーリーについてはともかく…

『神は乗り越えられる試練しか与えない』という、毎回のストーリーで出てくる言葉がぼくの中に印象に残った。

いつも、なにに関しても“修行”/“試練”の一つ…乗り越えるしかないと思い、“正面”から…“左右”から…“橋”を経由経由して…乗り越えようとしてきていた。

しかし…時に、その“試練”に自分以外が絡んでいる場合、自分独自の努力からだけでは抜けられない道もある。

ぼくは無力…裏方に徹するのみ。相手は自分を肯定のポジションで立ち続けるだけでなく、自分や周りに本心から正直になり…挑むことで、乗り越えられる…“脱出の道”を見つけることができるのだろう。
向き合わなければいけない…そうでないと、結局、同じことが繰り返される。

最終的には、『神は乗り越えられる試練しか与えない』のだろうと信じたい。

 
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