2011年2月3日(木) – ぼくら田舎バックパッカーは現在、長崎県佐世保市の五島列島の最北端に位置する宇久島(うくじま)にいる。
現在、昨日からお世話になっている重村さんに宇久島の観光スポットを車で回っていただいている。そんな中、宇久島での縄文土器の発見について聞いたぼくは…縄文時代の疑問に深く陥ってしまっていた…(前回の話しはこちら)
また、いつものように“疑問”で話しがそれたが…宇久島の“散策”に戻ろう。
さて、次にぼくらは長崎県の天然記念物「蘇鉄(ソテツ)の巨樹」がある三浦神社に到着。この木にはこんな“昔話”がある。
朝鮮へと向かう兵士が宇久島に集結し、出向までこの島で過ごした。そんな中、一人の兵士と地元の女性の恋が芽生えた。しかし兵士は朝鮮へと出向。毎日、女性は崖の上に登って、その兵士の帰りを待っていたが、兵士は帰らぬ人となった。
女性は、崖の上から身を投げた…地元の人がこの女性を葬ると、その側から一本の蘇鉄が生えた。その葉っぱや近くの石ころを持ち帰ると、大嵐になると言い伝えがあり、このソテツの巨樹は今でも貴重に保護されている。
ちなみに、宇久島には、この「ソテツの巨樹」とは別に、長崎市の天然記念物に指定されている。幹回り最大15メートルのアコウの樹もある。アコウの樹は、高知県の沖の島で一度見たことがあった。(沖の島でのストーリーはこちら)
車や徒歩で散策しながら、重村さんと会話を交わす。
釣りが好きな重村さんは普段、真夜中に、車で家を出て、朝まで釣りをする生活スタイルを送っている。
この時期、宇久島では、(カマス)、鯵(アジ)などが釣れるそうだ。釣れるという情報が回ると、釣り仲間は皆一定の場所で、釣りをすることが多いらしい。
ちなみに、宇久島の主な産業は漁業、酪農など。島で塩も作っているそうだ。
そんな感じで、重森さんと会話をしつつ、ぼくらは宇久島の散策を続ける。
ぼくらにとって、釣りは、“食べるために釣る”という考え。
さすがに狩りまではできないが、今後、可能な限り、自分たちで食べるものは、自分たちでプロデュースしたい。
「自分で食べる分は磯で採っても良いんですよね?」の疑問から始まり、磯で海栗(ウニ)、鮑(アワビ)、サザエなどを採る“磯漁”の話しになった。
宇久島では一定の期間、磯を町民に解放する。
「ん?磯や海ってみんなのものじゃないの?どういうこと?」
この宇久島では一定期間でないと、町民は磯でウニ、アワビ、サザエなどの海産物を採ってはいけないのだ。
また、期間中、“磯漁”の料金1,000円を支払わなければならない。
毎年時期や期間は若干異なるそうだが、“磯漁”シーズン中の5月・6月・7月ごろ、各地区の町民は、地区毎で割り当てられた海で、磯漁をすることができる。
各地区での磯漁の合計日数は大体毎年12日間。
宇久平(うくだいら)周辺の地区の町民は、長崎鼻(ながさきばな)の磯が割り当てられる。
5月~7月の期間中、約2週間毎に3日間、合計4回で計12日間の磯漁の機会がある。町民は1,000円を漁協に支払えば、12日間の磯漁を楽しむことができるわけだ。
採れたものは、自身で食べることはもちろん、例えば1キロのウニを漁協や商店に、約1万円で売ることもできる。
ぼくらにとっては、驚きだった。
と言うのも、例えば、石川県穴水町に一時的に住んだとき、同じようなルールは聞かなかった。
「自分が食べられる分だけは自由に採っても問題ない」との話をきいて、そんな半自給自足的な生活スタイルに憧れていたから、どんな地域でも「食べられる分を採っても」問題ないと思っていた。(石川県での体験住居の話についてはこちら)
が、あとあと聞くと、基本、どこの田舎/地方では漁業権を取得しないと、漁ができないそうだ。
ぼくらが2010年12月に行った愛媛県の日振島では、漁業組合員にならないと、釣りしか出来ない。
漁業資源の保護や禁漁期間の規則遵守を徹底するためだそうだ。そんな話しを日振島で養殖業を営む笠岡彰(かわおか あきら)さんから聞いた。
やっぱり、規則を守らない人たちがいるのだろう。
「別に採ったものを漁師のように、売るわけでもなく、みんなの海なのになぁ」
まぁ、人口が多い地域で、島民全員が、食べる分だけの漁を頻繁にしてしまうと、すぐに磯の鮑、海栗などの魚介類が無くなってしまう。
過剰漁業となり、漁業資源が持続しなくなり、生態系も崩れてしまう恐れもある。最悪、漁業で生計を立てている漁師の仕事がなくなってしまう可能性も。
三浦神社の裏へと歩いて行くと、岩場に人がいることに気づいた。
「なにをやってるんだろう~!?」…これは気になる…
重村さんは車で待ち、ぼくら2人は岩場へと向かう。5人のおばあちゃんたちが、岩海苔を採っていた。
おそらく、漁師の家族なのか…漁業権を持っている人たちか…岩海苔は磯漁の一部ではないのか…事情はよくわからないが、ビニール袋一杯に岩海苔が入っている。
ぼくらが話しかけたとき、満潮だったので、おばあちゃんたちは休んでいて、のんび~りと干潮まで待って、14:00から作業を再開するとのことだった。
岩海苔は、お味噌汁やお吸い物の中に入れて食べるそうだ。熱くて…潮の香りがする味噌汁、美味しそうだなぁ。
これだったら、ぼくらも、旅先で、磯漁のルールがない地域で採って、“食”を楽しめる。
おばあちゃんたちに、かんころ餅(かんば餅)を3人分もらった。重村さんに、かんころ餅を一つ渡すと、「歯にくっつくから、いいよ、いいよ」と笑いながら返された。
高知県室戸岬で食べた、かんば餅と同じだが、呼び方が違うようだ。室戸岬以来の久しぶりのかんば餅だった。
また、海岸沿いにある、岩場は四国の愛媛県 八幡浜 大島で見た、シュードタキライト似ていた。
久々にシュードタキライトのことを思い出したけど、「やっぱシュードタキライトってなんだかわからないよなぁ~」と昔の記録を振り返る。(「時間がとまったような島の空間」 愛媛県八幡浜 大島のストーリーはこちら)
ぼくらは、「ソテツの巨樹」の伝説の女性が身を投げた「乙女ヶ鼻園地」に行き、次に向かった先は、今話題のNHK大河ドラマの「平清盛」の弟 平家盛の伝説の地。(続きはこちら)
<前回のストーリー 『day 84 五島列島 宇久島 縄文人はなぜ「ここに島がある」とわかったの?』>
<次回のストーリー 『day 84.2 五島・最北端の宇久島まで 平清盛の弟・家盛も手漕ぎ舟で!? ~ 風力発電 反対?! ~』>
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