day 24.1 兵庫県 坊勢島 最終日 ~「技術力の高い」漁師の稼ぎ~

2010年11月10日(水) – 松尾さんによると、坊勢島(ぼうぜじま)の人口70~80%が漁師。

兵庫県で、漁獲高1位、2位を争う坊勢島。人口約3,000人で、特に40~50代が多い。

「四島の中で、一番小さい島だが活気がある」と言う。学校は中学校まで、高校は家島にある家島高校に行く。高校生は、船で通学する。家島諸島で人口が一番多い島は、家島。

この島は、全国で漁港後継者が減少している状況の中、若手漁師が多く、漁業を支えている。「怪しい~」とハモる子どもたち含め、これまで行った地方や田舎と比べると、確かに活気があることは感じられる。

ぼくの一眼レフのカメラをみて、昔坊勢島にあったカメラやさんを思い出したのか、カメラ屋さんのオーナーは約1年前の2009年11月3日に亡くなった話も聞いた。

秋祭りは、11月3日で屋台が出店したり、御輿(みこし)を担いだりするそうだ。

ぼくらが行きたいと思っている、男鹿島(だんかしま)の人口は50~60人。

男鹿島は、空港の土台となる丈夫な石が豊富にとれる場所。坊勢島から男鹿島が見えるが、島の半分が削られているように見える。

兵庫県 坊勢島(ぼうぜじま) 男鹿島 写真 飛行場 岩 島 掘削 削られる

【兵庫県 坊勢島から男鹿島が見える。空港の土台に必要な岩が、この男鹿島から削られている。Danga-shima Island next to Boze-jima Island. “Digging” rocks from Danga-shima Island for airport bases.】

奈座港周辺を歩いている途中、50代から60代の漁師の人たちと出会い、「ここの漁師はすごい」の理由を探ってみた。

兵庫県 坊勢島 ぼうぜじま 稼ぐ漁師 工夫 竹

【兵庫県 坊勢島 この竹の網道具で、魚を捕獲する漁網を作る。作る網の大きさによって、この竹の大きさも違う。A fisherman from Boze-jima Island makes / hand knits their own fish net with bamboo needle. They even carve and make their bamboo base needle. Fishermen in Boze-jima Island try to be very “innovative” to catch more fish.】

漁師は、約550人。中学生で約30万円の稼ぎがある人がいるとも聞いた。漁獲高の平均は約50億円、多いときで60億円。トップクラスの漁師で、年1,200万円の稼ぎがあるそうだ。

最低レベルで、約300~400万円。漁獲高を聞くだけで凄さがわかる。(が、燃料費など漁船にかかる費用もある)

ある人によると、海苔の売り上げは、一人3,000万~4,000万円あるとのことだった。

これは…本当だろうか…。(前にも書いたが)以前、坊勢島の漁師で一番漁獲高が低かった人が、坊勢島から広島に引っ越した。

坊勢島では、下っ端の成績だったらしいが、坊勢島の漁の技術を持ち優れていたせいか、広島内で一番になったとのことだった。

坊勢島は、親の後継ぎが比較的多い島。姫路へも船で30分の距離なので、都会にも近い。「都会に近い」が、島に残る理由の一つにもなるだろう。

兵庫県 坊勢島 ぼうぜじま 稼ぐ漁師 工夫 竹

【兵庫県 坊勢島の元気な漁師たち。いろいろと話を聞かせてもらった。Fishermen in Boze-jima Island.】

「一人で漁に行くことが多いため、自分自身で工夫をして何でも切り抜く精神が強い。あとは体力。若くて体力があれば朝から晩まで漁ができる。長時間漁ができることで、稼ぎも増す。また、経験豊富な漁師だと、「大体、何月何日にどんな魚がどこにいるかもわかる」と話す。

また、自身で工夫して、より多く魚を捕る方法を自分で、常に考えているそうだ。捕る魚の大きさに合わせて、網目の大きさを考え、自身で網を作っている。

その網を作る道具の編み竹も、自分で作っている。「工夫」と「体力」がキーワード。

兵庫県 坊勢島 ぼうぜじま 稼ぐ若手漁師 工夫 竹

【坊勢島 若手漁師たち。Young fishermen in Boze-jima Island.】

兵庫県 坊勢島 ぼうぜじま 稼ぐ若手漁師 工夫 竹

【兵庫県 坊勢島 漁網をつくるための竹を削ってつくっている。ここまでしているとは思っていなかった…Young fishermen in Boze-jima Island carving bamboo needle to create fish net.】

近くには、30代~40代の漁師もいたので、この島を出ず残る理由について聞いてみた。彼らは、小さな小屋の中で、漁の網の編み道具の竹を削って作っていた。

親の影響が大きい。特に他にやりたいこともない」と言う。

小さいときに漁師の親を手伝ったり、楽しそうに漁をする親の姿を見ると、実際自分も漁をやってみよう、と思うのだろう。

ここで、結花は、漁師の人たちの目の色が薄くて青いことに気づいた。それを漁師に聞くと、「漁師は毎日外にいるから、紫外線の影響で目の色が薄く青くなっているんじゃないかな…」と言っていた。

ぼくらは坊勢島で、漁師の人たちと出会って話を聞いたが、「坊勢島は明るい島」という印象が強かった。

四国 瀬戸内海の島々 islands in shikoku region

【瀬戸内海の島々】

ぼくらは、松尾さんに挨拶をして、17:10坊勢島発の定期船で姫路港へと向かい、姫路港からJR姫路駅へとバスで向かった。

そして、姫路駅から四国方面へと進み、“なんとなく面白そうだ”と思った香川県の伊吹島へ行くことにした。

観音寺港から定期船が出航している。

18:00過ぎに姫路駅に到着。

あたりが暗くなった、観音寺駅二つ手前の静かな比地大駅(ひじだいえき)で降りて、駅前の広場でテントを張って、寝ることにした。<続きはこちら

坊勢島 夕暮れ サンセット 綺麗な写真

【瀬戸内海の空】

<前日のストーリー 『day 24 兵庫県 坊勢島で「怪しいー」と…指されるぼくら』>

<翌日のストーリー 『day 25 香川県最西端の「伊吹島(いぶきじま)」へ』>

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日本の田舎/地方をバックパッカー旅する中川 生馬(なかがわ いくま)。バックパッカー✖ハイエースがベースの“動く拠点”(ファミリーワゴンC)で、聞いたことがない田舎を旅して、そこでのライフスタイルを探求する。ときには、飛行機、電車、夜行バス、スクーターなどの乗り物のテクノジーも活用。   旅先は基本、これまで聞いたことがない田舎/地方のマイナースポット。 小学校・中学校のころ、社会科で使用していた帝国書院の地図をパッと開き、「ここは聞いたことがない!」と思た場所。途中、『ここもいいねぇ~』と“気になるスポット”を見つけたら、寄り道して、“気になるスポット”も探求する。トラベルスタイルは自由奔放。   基本、旅先の事前調査などはせず...現地の人に話しかけながら、一歩づつ進む。   約10年間の東京や鎌倉での会社中心の生活を経て、2010年10月から、会社中心以外の新たなライフスタイルを探求したく、都会での生活を離れ、“聞いたことがない”日本の田舎/地方を中心に、テント・寝袋・自炊道具などを担いだバックパッカー旅へ。   「自分が過ごしたいライフスタイルは、これまで過ごしてきた場所以外にあるかもしれない、自身で体感したい」「ライフスタイルやワークスタイルにもっと選択肢はないのか?」という疑問を抱き始め、旅歩くことを始めた。旅先の田舎で出会う人々とコミュニケーションをとり、より自身に合いそうな田舎でのライフスタイル(暮らし方)を探す...   仕事面に対しては『約10年、企業で培ったスキルをフル活用、今後も仕事して学んでいくから、仕事はなんとかなるだろう!』という楽観的な考え方。バックパッカー旅への初めの一歩を踏み出す。   気になる...知らない...スポット...日本の“マイナー”スポットだからこそ発掘しがいがあるのだ。「日本のマイナーな田舎/地方を発掘、そこでのライフスタイルも実感する、そして人生/ライフスタイルの選択肢は幅広いことを多くの人に届ける」ことを、ぼく自身を軸に発信する。   ITベンチャー、国内独立系最大手の広報代理店 共同ピーアール株式会社や、電機とエンタテインメント世界大手企業 ソニー株式会社などで広報職を経て、フリーランスで独立。   2013年5月、能登の岩車(石川県鳳珠郡穴水町)に移住。大抵、ぼくと同年代であれば、“仕事ありき”で移住することが多いが、『自身のスキルと現在のテクノロジーをフル活用すればなんとかなる!』という、漠然とした根拠と楽観的な考え方から二歩目を踏み出す。   移住後、自身のスキルをフル活用し、東京のベンチャー起業・地方/田舎の小規模企業などの広報、ライター、執筆・撮影・基盤構築含めたウェブ制作、海外の著名人への取材依頼・現場取材・ラフ原稿執筆含めた取材コーディネート、ブロガーとして活動を開始。 能登では、地元の人たちと連携して「“ざっくばらん”な田舎ライフスタイル体験」、「田舎旅するショッピング」として地元の海産物の販売サポートなども行っている。   フリーランスや田舎バックパッカーとしての主な持ち物は...テント、寝袋、自炊道具、衣類など生きるために必要な道具。そして、メモ帳、スマートフォン『Huawei Mate9』、タブレット『Surface Pro 3』、ミラーレス一眼レフカメラ『ソニーα6000』、一眼レフカメラ『キャノン7D』、ICレコーダーなどのIT/ガジェットグッズ。   鎌倉の深沢中学校卒業後、1994年、15歳のときに1人、アメリカ・オレゴン州のValley Catholic High School(バレー・カトリック高校)へ。半自給自足生活をする家族と3年間暮らす。2001年に同州・オレゴン大学を卒業。約8年弱のアメリカでの田舎暮らしを経て、帰国。   現在の拠点は能登の岩車(石川県鳳珠郡穴水町)の古民家(家賃1万円)と、ハイエースがベースの“動く拠点”『ファミリーワゴンC』。家族3人で暮らしている。1979年生まれ。   働き方/ワークスタイルは基本『とにかく自由奔放』で、いずれ、常に移動して暮らすことが定住のような『遊動民』的なライフスタイル『移動型定住』を目指している。  

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